第13回 ガラス転移後のトラクション力を求める [EHL理論]
前回は油に高い圧力をかけるとガラス転移して固体のようになることをおはなししました。もうちょっと言うと、ガラス転移によって油は粘弾性的挙動から弾塑性的挙動に変わります。今回はこの弾塑性体におけるトラクション力の求め方についておはなしします。
まず、これも前回話しましたが、油には限界せん断応力というのがあって、それ以上のせん断力はかけられないことを話しました。これを図示すると図1の実線部のようになります。で、せん断速度が小さくてせん断応力とせん断速度が比例する部分を弾性、せん断速度が大きくてせん断応力が一定になる部分を塑性と言ってます。
図1.弾塑性モデル
ではこのモデルでのトラクション力を考えていきます。いつも2円筒の接触で考えていますが、今回はもっと一般的な状況を考えてみることにします。例えば図2のように曲面どうしが回りながら動力を伝達する状況を考えていきます。ちなみにこの図は有名なので御存じの方も多いと思いますが、ハーフトロイダルCVTの変速ユニットです。動力伝達方向はω1→ω2→ω3です。
図2.ハーフトロイダルCVT
図2では黒く塗った部分が接触面ですが、この接触楕円を図3に示します。で、トラクション力を考える前に、まずこの接触楕円内のすべり速度について考えていきます。
図3では動力伝達方向[=すべり方向]をxとしているのですべり速度Δuはx方向に働きます。で、2円筒の単純接触であればすべり速度成分はこれだけなのですが、図2のようなややこしい動きの場合は回転成分も考慮する必要があります。詳しくは述べませんが、図3の原点を中心にωspの回転数で回転する成分が加わると思ってください。これは「スピン」と言われております。このスピンをすべり速度で表すとωsprとなります。ちなみにスピンは動力伝達とは無関係なすべり成分なので、発熱の原因になるだけで邪魔でしかありません。なのでこれを極力小さくすることが伝達効率を上げる鍵となります。
図3.すべり速度成分
以上より、接触面内のすべり速度はΔuとωsprの合計となります。これを定性的に表したのが図4になります。これを見てわかる通り、すべり速度は接触面の各位置によって大きさも向きも変わってきます。ちなみに図3のΔVは変速時に関わってくる成分なのですが、今回は無視しております。
図4.すべり速度分布
すべり速度の話は一旦ここまでにしておいて、次に限界せん断応力について考えます。
これも接触面の圧力分布を考えますと、中心ほど圧力は大きく、外周部は0になります。これは厳密には違いますが、近似的にヘルツの応力分布と同等と考えることができます。第5回の図1上側の点線みたいな分布です。これを式にすると以下のようになります。
τ0が接触面内の各位置における限界せん断応力で、当然xとyの関数になります。式中のτcは等温下平均限界せん断応力で、τ0の平均値みたいなものと思ってください。これは以下の式で近似できます。
mcは前回の図2に示した傾きに相当します。Pmeanは平均ヘルツ圧力です。mcは実験で求める値ですが、近似的にトラクション係数μと同等にできる場合が多いようです。
以上が限界せん断応力についてです。次に接触面の各位置に実際に働くせん断応力のx成分とy成分を求めていきます。
とりあえず接触面全体が弾性域と仮定した時のせん断応力τxとτyを求めます。この場合は弾性モデルなので、両者は以下のように表せます。
ここで、ひずみ速度γドットは第10回の式(1)で書いた通り、すべり速度を膜厚hで割った値になります。すべり速度は最初に話した通りΔuとωsprの合計です。このうちΔuは動力伝達方向(x方向)のすべりなので、γドットは以下の式で表せます。
さらに周速をuとすると、u=一定の定常状態では以下の式が成り立ちます。
式(4)と式(5)を式(3)に代入することで弾性モデルでのτxとτyが求まります。
で、以下のようにτを仮定します。
ここでτと限界せん断応力τ0を接触面の各位置で比較して、τ<τ0であれば最初の仮定通り弾性域なので式(3)~式(5)で求めたτxとτyになります。そしてτ≧τ0の時は塑性域になるので式(3)~式(5)で求めたτxとτyにはならず、式(3)を以下の式に置き換えて求め直す必要があります。
ここまできてようやく実際のせん断応力を求めることができました。あとはトラクション力を求めるだけです。
トラクション力Ftは動力伝達方向の力なので、τxを接触面全体で積分すれば求まります。
添え字のeとpは弾性と塑性を表しております。塑性成分だけτct/τcの項がついていますが、これは塑性域で発生した熱による限界せん断応力の低下を表しています。ここは前回でも少し述べましたが、塑性域では熱の影響が無視できなくなります。τctが熱を考慮して求めた限界せん断応力で、τcより小さくなります。τctを求める式は考えられているみたいですが、まだ充分な普遍性があるかわからないのでここでは割愛します。
以上、ようやくトラクション力を求めるところまで書けました。最後に、トラクションと膜厚の考え方と比較してみます。膜厚は第3回~第7回でいろいろ述べましたが、大まかに言うと膜厚は面圧の影響をほとんど受けず、接触部入口の状態でほぼ決まるとのことでした。それに対してトラクションは如何でしょうか?
今回の話では接触部入口の話はまったくありませんでした。そして接触面そのものでの圧力分布や油のすべり速度分布を計算しました。つまり膜厚が接触部入口の油の状態で決まるのに対して、トラクション力は接触面内部の油の状態で決まるわけです。
このうち接触部入口の挙動を予測するのは容易なので膜厚に関してはかなりの精度で予測できるようになってきたらしいです。しかし接触面内部の挙動は予測が難しく、トラクションに関してはまだ充分に解明されていないようです。この分野は20世紀から始まった新しい分野なので、これからまだまだ発展していくのでしょうね。
ところでここまで自分で書いておいて理解できないところが1か所あるんですが、式(7)のτcなんですが、これってτ0かと思うのですがどうなんでしょう?自分が調べた資料だとτcだったのでそのままにしたんですが。すみませんがここはちょっと理解できておりません。わかる方がこれを見たら教えて頂けると助かります。
以上です。今回は長くなってしまいました。ほんとはさらっと大まかに書く予定だったんですが、結局こんなになってしまいました。図も式も今まで一番多いんじゃないだろうか。
ここまで付き合ってくれた方、どうもありがとうございました。次回でこのブログの一旦の区切りにしようと思います。では。
まず、これも前回話しましたが、油には限界せん断応力というのがあって、それ以上のせん断力はかけられないことを話しました。これを図示すると図1の実線部のようになります。で、せん断速度が小さくてせん断応力とせん断速度が比例する部分を弾性、せん断速度が大きくてせん断応力が一定になる部分を塑性と言ってます。
図1.弾塑性モデル
ではこのモデルでのトラクション力を考えていきます。いつも2円筒の接触で考えていますが、今回はもっと一般的な状況を考えてみることにします。例えば図2のように曲面どうしが回りながら動力を伝達する状況を考えていきます。ちなみにこの図は有名なので御存じの方も多いと思いますが、ハーフトロイダルCVTの変速ユニットです。動力伝達方向はω1→ω2→ω3です。
図2.ハーフトロイダルCVT
図2では黒く塗った部分が接触面ですが、この接触楕円を図3に示します。で、トラクション力を考える前に、まずこの接触楕円内のすべり速度について考えていきます。
図3では動力伝達方向[=すべり方向]をxとしているのですべり速度Δuはx方向に働きます。で、2円筒の単純接触であればすべり速度成分はこれだけなのですが、図2のようなややこしい動きの場合は回転成分も考慮する必要があります。詳しくは述べませんが、図3の原点を中心にωspの回転数で回転する成分が加わると思ってください。これは「スピン」と言われております。このスピンをすべり速度で表すとωsprとなります。ちなみにスピンは動力伝達とは無関係なすべり成分なので、発熱の原因になるだけで邪魔でしかありません。なのでこれを極力小さくすることが伝達効率を上げる鍵となります。
図3.すべり速度成分
以上より、接触面内のすべり速度はΔuとωsprの合計となります。これを定性的に表したのが図4になります。これを見てわかる通り、すべり速度は接触面の各位置によって大きさも向きも変わってきます。ちなみに図3のΔVは変速時に関わってくる成分なのですが、今回は無視しております。
図4.すべり速度分布
すべり速度の話は一旦ここまでにしておいて、次に限界せん断応力について考えます。
これも接触面の圧力分布を考えますと、中心ほど圧力は大きく、外周部は0になります。これは厳密には違いますが、近似的にヘルツの応力分布と同等と考えることができます。第5回の図1上側の点線みたいな分布です。これを式にすると以下のようになります。
τ0が接触面内の各位置における限界せん断応力で、当然xとyの関数になります。式中のτcは等温下平均限界せん断応力で、τ0の平均値みたいなものと思ってください。これは以下の式で近似できます。
mcは前回の図2に示した傾きに相当します。Pmeanは平均ヘルツ圧力です。mcは実験で求める値ですが、近似的にトラクション係数μと同等にできる場合が多いようです。
以上が限界せん断応力についてです。次に接触面の各位置に実際に働くせん断応力のx成分とy成分を求めていきます。
とりあえず接触面全体が弾性域と仮定した時のせん断応力τxとτyを求めます。この場合は弾性モデルなので、両者は以下のように表せます。
ここで、ひずみ速度γドットは第10回の式(1)で書いた通り、すべり速度を膜厚hで割った値になります。すべり速度は最初に話した通りΔuとωsprの合計です。このうちΔuは動力伝達方向(x方向)のすべりなので、γドットは以下の式で表せます。
さらに周速をuとすると、u=一定の定常状態では以下の式が成り立ちます。
式(4)と式(5)を式(3)に代入することで弾性モデルでのτxとτyが求まります。
で、以下のようにτを仮定します。
ここでτと限界せん断応力τ0を接触面の各位置で比較して、τ<τ0であれば最初の仮定通り弾性域なので式(3)~式(5)で求めたτxとτyになります。そしてτ≧τ0の時は塑性域になるので式(3)~式(5)で求めたτxとτyにはならず、式(3)を以下の式に置き換えて求め直す必要があります。
ここまできてようやく実際のせん断応力を求めることができました。あとはトラクション力を求めるだけです。
トラクション力Ftは動力伝達方向の力なので、τxを接触面全体で積分すれば求まります。
添え字のeとpは弾性と塑性を表しております。塑性成分だけτct/τcの項がついていますが、これは塑性域で発生した熱による限界せん断応力の低下を表しています。ここは前回でも少し述べましたが、塑性域では熱の影響が無視できなくなります。τctが熱を考慮して求めた限界せん断応力で、τcより小さくなります。τctを求める式は考えられているみたいですが、まだ充分な普遍性があるかわからないのでここでは割愛します。
以上、ようやくトラクション力を求めるところまで書けました。最後に、トラクションと膜厚の考え方と比較してみます。膜厚は第3回~第7回でいろいろ述べましたが、大まかに言うと膜厚は面圧の影響をほとんど受けず、接触部入口の状態でほぼ決まるとのことでした。それに対してトラクションは如何でしょうか?
今回の話では接触部入口の話はまったくありませんでした。そして接触面そのものでの圧力分布や油のすべり速度分布を計算しました。つまり膜厚が接触部入口の油の状態で決まるのに対して、トラクション力は接触面内部の油の状態で決まるわけです。
このうち接触部入口の挙動を予測するのは容易なので膜厚に関してはかなりの精度で予測できるようになってきたらしいです。しかし接触面内部の挙動は予測が難しく、トラクションに関してはまだ充分に解明されていないようです。この分野は20世紀から始まった新しい分野なので、これからまだまだ発展していくのでしょうね。
ところでここまで自分で書いておいて理解できないところが1か所あるんですが、式(7)のτcなんですが、これってτ0かと思うのですがどうなんでしょう?自分が調べた資料だとτcだったのでそのままにしたんですが。すみませんがここはちょっと理解できておりません。わかる方がこれを見たら教えて頂けると助かります。
以上です。今回は長くなってしまいました。ほんとはさらっと大まかに書く予定だったんですが、結局こんなになってしまいました。図も式も今まで一番多いんじゃないだろうか。
ここまで付き合ってくれた方、どうもありがとうございました。次回でこのブログの一旦の区切りにしようと思います。では。
2011-05-07 14:45
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